人間と環境・中緯度森林環境・ブナ科の森

    人間と環境 

    中緯度森林環境

    ブナ科の森

  縄文時代の日本は、熱帯雨林や亜寒帯針葉樹林とともに、地球上の最も代表的な森林の一つである温帯森林に覆われていた。ここに生まれた縄文文化が、温帯森林の環境特性と深く関わっていたことは言うまでも無い。 温帯森林の最も重要な樹木は、カシやコナラ、クリなどの堅果を実らせるブナ科の植物であり、その他にも、クルミやヒシ、ハシバミなど、優れた食料になる木の実が広く分布している。木の実はこの森に住む獣や人々の重要な食料資源となっている。しかし、温帯森林に木の実が豊かであるといっても、それが実り、採集できるのは秋の短い季節だけのことであり、春には多種類の若芽が利用できる人間にとって十分な栄養源とはならないし、夏の森も食料に乏しく、冬に植物を採取することは更に困難である。

 熱帯森林の狩猟採集民は年間を通じて植物性食料の採集に依存した生活を続けるのに対して、温帯森林には植物性食料資源量の季節的変動が極めて大きいという環境特性がある。また、高緯度の亜寒帯針葉樹林の植物相は更に単純で食用植物に乏しく、植物資源の採集に依存した生活はもはや不可能である。人類はこれらの気候や植生帯のそれぞれの環境特性に応じた生活様式を開発してきた。

 温帯森林で植物性食料にたよって生きようとするなら、冬の欠乏期を乗り切ることが最も重大な課題となる。リスやネズミは木の実や種子を巣穴に貯え、シカやイノシシ、クマ、サルなどの獣は秋に実る木の実や果樹を食べて脂肪を蓄え冬に備えているのであろう。そして、ここに生きる人々もまたこの戦略を発達させた。

 縄文時代の遺跡からは、おびただしい数の貯蔵穴が出土しており、そこには木の実が大量に蓄えられた。彼等は、リスやネズミと同じ戦略を採用していたのである。

 これに対して、熱帯の狩猟採集民は殆ど食料を蓄えない。年間を通じて植物性食料が採集できる熱帯環境にはその必要が少ないのであろう。熱帯の環境では採集し続ける戦略が可能なのである。

 植物性食料が期待できない温帯のステップや寒帯における狩猟や漁猟に強く頼った生活でも、大きな収穫があれば肉や魚は乾燥したりして保存される。しかし、彼等が食料としていた獣は広く移動するし、狩や漁猟を行なう場所は遠く離れていることが多く、魚類や海獣が特に豊かな海岸や大河川の流域以外の地域では、いつでも高い移動能力を保持していなければならない。

    中緯度森林の定住民

  氷期の終息は温暖森林の急速な拡大をもたらし、中緯度地帯の人類の生活に大きな変革を迫ったが、その向うところは、温帯森林の環境特性に適応した食料の大量保存戦略の採用であり、定住生活を出現させるものであった。

 日本列島における縄文文化がそうであり、ヨーロッパにおける中石器時代についても定住生活が予想され、それまでの狩猟に重点を置いていた生活から、多量の石臼を必要とする木の実や魚類の採集に依存する生活へと変化する。また、西アジアにおいても、家畜や栽培植物が出現する、石臼や貯蔵施設を持った石囲いの竪穴住居が出現する。

 中緯度森林において出現した定住生活は、それまでの人類が蓄えてきた様々な生活技術のいわば集大成として出現するのであるが、なかでも重要な技術的要素として、澱粉質の種子の利用、魚類資源の利用、木材加工、植物繊維の利用を上げることが出来る。

 温帯森林の木の実の多くは澱粉質であり、しかもその多くは強い渋みをもっている。これを食べるには加熱調理が不可欠であり、また渋みを取るには水さらしなどによってアク抜きしなくてはならない。ドングリ類の利用はアク抜き技術を発達させる大きな背景になったのであろう。

 氷期終末期以後の日本に土器や石皿、すり石が出現するが、これらの道具は澱粉質食料の加熱調理やアク抜きに有効であり、しかも温帯森林の北上にほぼ時を合わせて出現することからすれば、これらの道具の出現は温帯森林への最初の適応反応として澱粉質の木の実の食用利用が始まったことを示しているだけでなく、また同時に、アク抜きによる植物資源の利用を暗示していると理解すべきであろう。

 しかも、水さらしやアク抜きの技術は単に木の実の調理法と考えるべきでない。例えば、岩手県の山村における生活技術を調査によれば、アク抜き技術がミズナラやコナラ、カシワ、トチなどの堅果の加工だけでなく、ワラビ、フキ、アザミ、ヨモギ、ヤマゴボウなどの野菜の調理や貯蔵、ワラビ、クズ、マムシ

グサなどの根茎類からの澱粉の抽出、また、イラクサ、カラムシ、アサ、シナノキなどからの繊維加工など、植物利用の様々な場面で用いられていることを指摘し、「アク抜き技術は山村生活の基盤に深く根ざした技術」と指摘している。

即ち、「アク抜き技術は温帯森林の非農耕定住民にとって基本的な生活技術」ということになるであろう。

 中緯度森林の定住民は、縄文時代を始め、アイヌ、カリフォルニア・インデアンなどは、どの文化においても漁猟活動が盛んに行なわれる。しかも彼等の漁猟活動には高度な繊維加工、木工技術によって作られた魚網やヤナ、ウケなどの大きく効率的な定着漁具の使用という共通性が認められるのである。

 これらの漁具は、作るのに多くの労力と時間を必要とするが、使用する場面では自動装置として働き、効率的であるばかりでなく、またそれほど熟練を必要としない。このような漁具が中緯度の森林環境で発達する背景に繊維加工や木工技術の発達があったことは明らかであるが、それと共に、食料を大量に保存しなければならない中緯度森林の生活が多忙な労働を軽減してくれるような装置の開発を強く促したと考えなければならない。

 澱粉質の木の実の利用や繊維加工と水さらし技術、撚糸やカゴ作り、木工技術を駆使した定置漁猟による漁労、そして、これらの技術に支えられた蓄える戦略の採用と定住生活。これら縄文文化の基本的生格は、中緯度の温帯森林における非農耕定住民に広く共通する。縄文文化は中緯度森林の環境特性に応じて出現した中緯度森林定住民の日本列島における具体的なあり方を示している。

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